曼荼羅アート専門店|Atelier Otoha 歴史ある曼荼羅は自然から人々が学び身近にあるものとして共に生まれてきました。円は自然界に多く有する形で曼荼羅はその身近な円で表現され宗教や国、時代を超えて伝わっています。曼荼羅アート専門店【Atelier Otoha】では、中村清美が心で感じたエネルギーを曼荼羅で表現し皆様へお届けできたらと思っております。

区別と差別

区別と差別

区別は、ただ分けること。

差別は、区別した時に「善悪を意図する」と生まれること。

区別は、ただ分けているので、善悪も意図していないことを指す。

区別した時に、区別された側が「差別された」と感じたらそれも差別になる。

差別は、善悪を意図しているので、いじめを生む。

正義があれば悪もある。

善悪がある限り、差別も生まれる。

善悪も人の数だけあるので、差別も人の数だけある。

 

区別の定義が曖昧だと、また差別が生まれやすい。

わかりやすい例はトイレの分け方。

トイレは区別されてる。

その定義は曖昧なもの。

LGBT、ジェンダーレスの方々はどちらに入るのか迷うだろう。

区別の定義が曖昧だと、また差別が生まれやすい。

区別にためらうのは、差別しているから。

この部分を読んで引っかかるのは、もう一度、区別と差別の意味を確認して欲しい。

 

差別はいじめを生む

差別してないと、断言できますか?

差別を生んでいるのは、善悪。

善悪を最初に習うのは、「道徳」

「道徳」は教育の中での刷り込みの一種。

だから、根強く残っているし、大人になっても

差別は消えない。差別はいじめを生む。

だから、大人の世界でもいじめはあり、

大人が差別やいじめをしているから、

子供も真似をして広がっていく。

 

区別と差別の違いを学校で教えて欲しい

教育の中で、区別と差別の違いを教えることから始めて欲しい。

そして、道徳を疑うことを始めて欲しいと思う。

刷り込みの怖さをもう一度考えて欲しい。

刷り込みは良い、とか、悪いとかを言っているのではなく、

自分の判断で無くなることが怖いと言いたい。

善悪の判断はどこから習いましたか?

という問いに「大人から」、「道徳から」という答えしか

出ない現実をもっと考えて欲しい。

 

刷り込みは、鵜呑み

大人は、どこで、善悪の判断を習いましたか?

という問いに「道徳から」という答えしか出ないでしょう。

道徳の教えてきた、善悪は、結果、差別を生むのです。

善悪が生まれれば、それを意図して区別したものが差別です。

そして、刷り込みの話に戻します。

自分で考えなくなり、丸ごとのみこんで、なんでのみ込んだのか、

わからなくなることが刷り込み。

 

自分で判断して、自分で答えを出す習慣を身につけたいと思いませんか?

いつまで、外側の情報を、刷り込みを、鵜呑みにして、

外側のせいにしているのでしょう?

 

道徳がいじめを生むことを説明できる大人は少ない

だって、道徳は良いもので、絶対で、従うものとして刷り込まれていることに

気づいていないのですから。

そして、区別と差別の意味の違いを明確にわかっていないから、

「道徳がいじめを生む」という言葉が一人歩きしてしまうかもしれません。

この下の3行をよく読んでください。

道徳が、善悪を生み、

善悪が、区別したものに差別を生み、(✳︎ただ分けたものに善悪を意図すると差別になる)

差別が、いじめを生んでいる。

NHKの有名なチコちゃんみたいに「なんで?」

と問いかけて、答える習慣を身につけたいものです。

掘り下げて考えていくと、自分の答えが見つかります。

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